盲ろうアスリートの生き様に改めて自分が諦めていたことをやろうと誓った一日。

こんにちは!のぶさんです。

11月23日に京都府福知山市で福知山フルマラソンを走ってきましたが、今週末は大阪のランニング仲間達と裸足でランニングをしてきました。

大阪のランニング仲間は毎週水曜日に裸足ラン練習会をしており、裸足ランニング歴も年単位の方ばかりです。そのため、裸足ランニング自体は特別なことではありません。

今回は盲ろうアスリートの方が裸足ランデビューをされるというので、みんなでイベントとして裸足ランと食事会を企画した次第です。(amiさん、企画ありがとうございました!)

ぼくはこれまで盲ろうの方と交流をしたことがなかったので、今回は人間が持つ想いのパワーと自分に向き合える時間に気が付かせてくれた大切な一日になりました。

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視覚と聴覚に障害がある盲ろう者

盲ろう者とは、視覚と聴覚の重複障害者のことを指します。私たちの多くが当たり前のように持っている聴覚と視覚に障害を抱えているため、私生活でも仕事でも多くのサポートが必要になります。

今回裸足デビューをした盲ろうアスリートは、視覚がかろうじて残っているため手話を通じてコミュニケーションを行うことができます。それでも、私たちが何気なく行っているコミュニケーションがとてつもなく大変な行為であることを理解しました。

チャレンジし続ける想いが人間を動かす

今回のイベントは大阪の裸足ランニング仲間だけではなく、名古屋からも駆けつけてくれた裸足ランナーもいました。

私たちは普段から多くの理由を見つけては、チャレンジしないことを選択しています。あたかもその理由で自分を納得させるかのように。

それでも、こうしてみんな距離や予定をものともせずに今回のイベントに集まるということは、それだけ人間がチャレンジしつづける想いの強さに惹かれている証拠だと思います。

実際に打ち上げの食事会で、今回裸足デビューした盲ろうアスリートの方からお話を伺いました。この方はトライアスロンをやっているのですが、トライアスロンに必要なスイムは視覚をほぼ失ったあとから始めたと言います。

このチャレンジし続ける姿勢に心を打たれると共に、どこかでもっともな言い訳をしてチャレンジしていなかった自分を恥じるように話をきいていました。

想いを持って行動し続ける人間の周りには、その想いをサポートしたり共有できる仲間が集まってくる。一時的に孤独でも、その孤独は次のステージへ向かうための準備期間なのだと。

改めてモノを創りだす夢を諦めたくないと思った

ぼくは小さいころに外国語を話せるようになりたくて、中国語をマスターしました。中国生活も叶えたのですが、言葉はコミュニケーションのツールであり、そこに自分を表現できる何かが必要だと気が付いていました。

中国在住中は置かれた環境に恵まれており、何かを創りだせる能力を磨くことから逃げていたのです。

2017年5月に日本へ戻り、自分で生きているフリーランサーや裸足ランナーの仲間と交流するようになって、改めて自分で何かを創りだす重要性を実感したのです。そして、2017年9月からランサーズでライティングを始めました。

でも、メーカーに就職して憧れていたモノを自分の手で創りだす技術からはいまだに逃げてました。

今回の裸足ランニングイベントで、これ以上自分の夢に言い訳を与えるのはやめようと考えました。これまではゼロかイチかで考えていたけど結局は完全な条件は揃わないので、今ある環境で時間を創って勉強することにしました。

想いが人を動かす大切さを、今回の裸足イベントで教えてもらいました。

どんなことでもいいので、自分が納得できることを貫きたいと思います。