【30代・サラリーマン】自分の将来に対して不安があり、このままでマズイと考えている方へ。自分の人生を「他人基準」考えていませんか?

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どうも!のぶさんです。

9月から暫くブログ更新が止まっていました。その間は色々将来に対して考えることもあり、新しい環境へ飛び出す為の準備をしていました。

ぼくは今年で35歳になりました。

35歳と言えば「転職限界説」などに代表されるように、なんとなく今後の将来が決まってしまうような言い方をされています。

そのような言葉を実際に35歳になって聞くと、ものすごく不安になるんですよね!(笑)

それでも「このままで良いのか?」と悩み続けるなかで、実際に飛び出す人も出てくると思います。実際にぼくも、今、ちょうどこの瞬間に悩んでいます。そしてブログを書いています。

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そんなときにたまたま出会ったツイート

悩んでいたり考えごとをしていると、往々にして身動きが取れなくなることがあります。多分それは答えがでていないからではなく、変化をする自分に対して勇気が無いだけではないでしょうか?

ぼくも仕事や済む場所を変えるとき、漠然とした不安がありました。でも、留学でも中国生活でも、不安よりも期待感が上回っていたので、環境を変えることになんの躊躇もありませんでした。

いま、ぼくは環境を変えようとしています。

そんなとき、たまたま出会ったツイートに背中を押されている気もします。

勇気が出ない一番の理由は、「他人の判断で考えているから」ではないかと最近思うようになりました。

転職限界説も他人がいっていることだし、「社会人とは」という判断基準だってその通り。実際にぼくも会社で「10年目選手なんだから」とか、あるべき論を沢山聞かされているんですよね。

そして、そのあるべき論に沿って他人から良い評価をもらおうとしているから、余計に苦しくなって、そして自分で飛び出す勇気が無くなるんじゃないか。

他人の判断基準を拠り所にしている限り、勇気はでないし、何より一生終わりのないループの中で人生を歩むことになりはしないのかと。

ぼくはこれまで大学卒業してから、一般的に「常識」と言われているレールを進んできた。「常識」に従っていれば安定が手に入る訳では無く、どんな道を選んだとしても困難はあるし不安も無くならない。

そこで人生の後悔があるかないかは、結局は自分の基準でワクワクすることを選んできたかどうかではないかと考えるようになった。そこにはフリーランスとかサラリーマンとか関係ない。

金魚のフンでいるか、生きたいように自分から全力でもがいて進んでいるだけだと思う。

アルファブロガーであるちきりんさんの著書「多眼思考」は肩の力を抜いてくれる。

2016年10月ころから精神的に大変な時期を送っていたぼくは、毎日のように電子書籍を購入していた。殆どが考え方に関する本だったけど、最終的に自分が楽になるようなことはありませんでした。

あの時は、ぼくの判断基準で考えずに「他人の判断基準」に答えがあると考えていたからだと、今でははっきりと理解できます。

それが理解できている中で、丁度昨年購入した著書を読み返していると、「Chikirinの日記」の管理人でもあるアルファブロガーちきりんさんの著書にぶち当たったんですよね。

その中に、こう書かれている文章がありました。

自分の判断で生き始めると「クビになる」とか全然怖くなくなるんだよね。「誰かの基準では(私は)ダメらしいけど、私の判断基準では(私は)サイコー!なので、全然オッケー!」と思えるから。他人の基準での評価なんてどうでもよくなる。
参考:「多眼思考」  ちきりん 著

人生は究極のところ、自己満足なんですよね。

幸せのかたちも、人生の充実感も、じぶんがどうありたいかが出発点であるべき。

それをいつの間にか「他人の基準」で人生をみつめてしまうから、苦しいことになってしまうのではないかな。

30代は、一度立ち止まってみては如何でしょう?

ぼくも一度止まろうとしています。

ありたい人生から、一度自分の将来を考えてみてはどうでしょうか?

止まって見つめてみた人生のワクワクする姿は、何が見えていますか?どうなりたいですか?