【音楽の神様】ベーシスト青木智仁さんのベースラインをたまに凄く聴きたくなる。

大連での生活7月編 (84)

どうも!のぶさんです。

今週は広東省内で仕事をするため、久しぶりに1週間どこにも出張しない予定です。あちこち移動するのも好きなんですが、たまにゆっくりと腰を落ち着けるもの必要だと感じています。

ぼくは中学校から大学までベースという楽器をやっていました。大学では軽音楽部に所属していたので、毎日のように音楽に触れている生活を送っていました。(部長もやったような)

ぼくのベースは下手の横好きなんですが、音楽を聴くときはベースラインを絡めるようにして全体の音を拾っていきます。

これまで聞いてきたベースラインで、大好きなフレーズは沢山あります。でも、ここ最近一番好きなのはプロミュージシャンでベーシストである青木智仁氏のラインが好きです。

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青木智仁氏経歴

14歳でギター、16歳でベースを手にする。美術学校在学中の19歳の時に出たYAMAHAベイエリアスペシャルのコンテストでベストベーシスト賞を受賞。その後プロとして活動を始める。様々なアーティストのサポート、またスタジオミュージシャンとしても色々なレコーディングに参加する。角松敏生のプロジェクトに於いては1982年よりツアーはもとより、ほとんどのアルバムに参加している。
引用元:wikipedia

青木智仁氏は2006年に惜しくも49歳の生涯を終えてしまいました。

学生自体からベースマガジンを読んでいましたが、よく青木氏がベースマガジンに登場していたのを懐かしく覚えています。

そんな青木氏のベースラインで好きなフレーズの一つが、杏里さんの「悲しみがとまらない」のサビ部分です。

ぼくは1981年生まれなので、「趣味ふるくない?」と突っ込まれそうです。

でも、この曲には青木氏のベースラインが、実は作曲前から神様によって決められていたんじゃないかと思うくらいマッチしています。

ぼくはたまに物思いにふけりたい時に、ベースラインが気持ちいいお気に入りを聴くことにしています。

そのお気に入りの一つが、青木氏の「悲しみがとまらない」で弾いているベースラインなんです。

生まれ変わってもこのベースに巡り合いたい。

「音楽の神様」で青木氏が最後に、「生まれ変わったら」という質問についてこう答えています。

また、この楽器に出会えたら嬉しいと思います。

49歳という短い生涯でしたが、生まれ変わってももう一度出会いたいといえる存在に巡り合えたことは、青木氏にとって非常に幸せだったと思います。

生涯を閉じるときに、ぼくもそう思える存在に出会えるように有意義に人生をいきていきます。

音楽の神様であり続ける青木智仁氏のプレイに酔いしれてみてはいかがでしょうか?