【中国語】語学が全くできなかった純日本人のぼくが海外を目指した1つの理由。

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大連での生活7月編

どうも!のぶさんです。

早いもので6月が終了して、2016年も半分を過ぎてしまいました。そんな6月ですが、ブログ更新が平均2日に1回と、ここまでブログを書いてきて最低の更新頻度となりました。

7月に入ったので、また気持ちを入れ替えて肩の力を抜きながらブログと向き合います。

さて、前回は中国留学を決断したときの中国語レベルについて書きました。

参考記事:【中国語】中国に留学を決めた時、僕のレベルは散々な状況だった件

そんな中国語ボロボロで純日本人のぼくが、何故海外を目指したのか?

たぶん驚くほど「そんな理由なの?」って感じになります。だから、海外へ行くのをためらっている方にとって、少しでも心のハードルを下げることができたら幸いです。

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プロサッカー 三浦知良選手(KAZU)の存在

ぼくが海外を目指した一番の理由、それは「海外への漠然とした憧れ」です。

「なんだ~!そんなことか!」と言われちゃいそうですが、本当にそうなんです。

では、何故海外への漠然とした憧れをもったかというと、誰もが知る日本サッカー界のキングこと三浦知良選手がキッカケでした。

ぼくは、当時サッカー王国と呼ばれた静岡県に生まれました。同級生の多くがサッカーを選ぶ土地柄なので、ぼくも自然と小学校3年生からサッカーを始めました。2つ上の兄がサッカーを始めていたのも要因だったかもしれません。

サッカーは高校3年のインターハイまで続けたのですが、丁度ぼくが中学生の頃、三浦知良選手が当時世界最高峰のサッカーリーグであったセリエAのジェノアへ移籍、日本でも三浦選手の海外挑戦が毎日報道されていました。

当時中学1年だった僕にとって、三浦選手が挑戦した海外がとてつもなく遠く、そして物凄く偉大な存在に映りました。

海外への漠然とした憧れを持ち始めたぼくにとって決定的だったのが、三浦選手の幼少期からブラジル留学、そしてJリーグ開幕までを収めた著書「足に魂こめました」を読んでしまったことです。

三浦選手に憧れていたぼくですが、著書にはその三浦選手が高校を1年で中退してブラジルへ単身留学した記録が克明に描かれていました。

Jリーグで華やかに活躍してイタリアに渡った三浦選手がブラジルで単身技術を磨いた姿を見て、「ああ、海外って凄そうだ!」って単純にぼくは思ったんです。

当時は中学生で単純ですから、衝撃を受けてからは寝ても覚めても海外のことを考えていました。

でも、この時点で中国を視野にいれていた訳ではないんです。

大連での生活7月編 (104)

それ以来、ずっと海外への憧れを抱きつづけて中学時代を過ごしました。

でも、この時は中国語を勉強しに中国へ行こうなんて一切考えていませんでした。

むしろ英語を勉強して「海外」へ行こうと考えていただけです。

ただ、その「海外」がどこを指すかは、実は自分の中にもなかったんですよね。このあたりがいま振り返ると若いというか、肝心なところが抜けているというか。

そんな適当なぼくだったのですが、中国行きを決定づける出来事が卒業を控えた中学校3年の冬に起きたのです。